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第二部 生還9

  失踪者

 島に着くとファンスは船員に桟橋に船を繋ぐよう指示をし、操船室を出た。ナットも船室を出て、ファンスにいった。
「ファンス船長、悪いことはいわない、この島はやめた方がいい」といった。
 ナットは真剣だ。
「何がそんなに危ないんだ? ただの伝説だろ?」
「本当に行方不明者が出てる」
「俺達は大丈夫さ、ほんの少しここで休むだけだ」
 ナットは少し目線を下に向けてから、またファンスを見ていった。
「何のためにこの島に来たんです?」
「珍しい動物を捕まえにな。うまそうだったら夕食にするつもりだ」
 ナットは呆れた様子で、ファンスが理解できないといった表情で「なるほど」と言って背を向けた。
「夕食に?」シャルがいった。
「うまそうだったらな」
 船員達は船を降りた。船員達は海岸を歩き、島を眺めた。そして岩や草の上に座り始めた。ファンスは森の方へ歩いていき、木々の間を覗いてみた。あまりにも植物が密生しているので、下手に入ると迷ってしまいそうだ。
 少し下がって、遠くの山を見上げた。白く霞んでいる。
 木々に近づき、枝葉の下へ入った。落ち葉を踏み、森に誘われるように歩みを進めた。
 森の中は薄く光が差し、植物の匂いが漂っている。昆虫の鳴き声がいくつも聞こえる。ふと、森の奥で奇妙な音が聞こえた。コントラバスを弓で弾いて低い音を出したような、動物の鳴き声だ。
(何かいるのか?)
 さらに足を踏み入れるが、姿は見えない。動物が遠くに駆けていったような土を踏む音が聞こえた。続いてあちこちから、いくつもの様々な鳴き声が響いた。

「平和な島じゃないか」
 岩に座ったシャルは、ナットにいった。ナットは海から目をそらし、シャルを見た。
「俺にはそう思えない」
「なんで?」
「去年、この島に来た生物学者を知っているか?」
「いや、知らない」
「名前はマルサル、俺の従兄弟だ。マルサルがこの島に来る数日前、俺の家にマルサルは来ていた。
 俺は、あの島は悪い噂があるから止した方がいいと言った。でもマルサルはどうしても行きたがった。マルサルは"怪物"に強い興味を持っていた。
結局マルサルは、俺たちと同じようなルートで島へ行った。その後、帰ってこなかった。
 通りかかった船の証言では、マルサルが行ったその日の昼には、あの桟橋にモーターボートが繋がれていたそうだ。ところが夕方にもう一度見たときにはもう無くなっていたらしい。ということはマルサルは島を出たあと、遭難したのだろうか? しかしその日は晴天で、風も穏やかだった、海で遭難したとは考えにくい。それに日帰りで帰ってくる予定ではなかった……」
「何らかの理由で大陸に帰った後、失踪した可能性は?」
「あるかもな。ただ、マルサスが借りたモーターボートは返却されていないんだ」
「うーん」
 波の音が二人の沈黙を埋めた。
 近くで聞いていた体の大きい男、ボーンが言った。
「その男は"怪物"にやられたのか?」
「そうかもしれない」とナットは言った。「俺はその"怪物"がどんな動物なのか分からないが、言い伝えでは、この島に来たものは生きて帰れないらしい」
「俺たち、ここにいて大丈夫なのかよ?」
「だから俺は警告したんだ」
「まあまあ」とシャルが言った。「日本人は帰ってきたじゃないか。もし、マルサルが凶暴な猛獣にやられたんだったら、ボートが消えた理由が分からないだろ?」
「まあ、そうだ」とナット。
「それじゃあ、マルサルはここで“怪物”に喰われたんじゃない。島から出てどこかに行ったってことじゃないか」
 ナットは頷いた。「そうか」
「そうだよ」
 休むことなく波音が響いていた。

 ファンスが足を進めるほど、頭上高くから射してくる木漏れ日は減ってきた。枝葉がトンネルのように頭上を覆い、もうだいぶ暗くなっていた。ふいに、猛獣がうなるような鳴き声が聞こえた。虎のようなうなり声と共に、何かが足下に飛んできた。人間の頭蓋骨だった。
「なんで、ここに人間の頭蓋骨が?」
 ファンスは恐怖した。
「“怪物”に喰われたのか?」
 怪物の鼻息と喉の音が聞こえる。
(一体どんな“怪物”なんだ? ここは逃げた方がいいか?)
 突然、怒ったようなうなり声が聞こえた。ファンスは引き返した――木の根で転んだ。周囲から奇妙な鳴き声がいくつも響いた。さっきの鳴き声とは違う。他にも動物はいるようだ。起き上がると、木々の間を駆け抜けた。前に明るい光が見えてきた。
 息を切らしながら森を出ると、船員たちは海岸近くに座りワインやチーズを味わい始めていた。ファンスは息を整えて、船員達の方に歩いていき、岩に座った。
「ワインどうですか」とバリューがファンスに勧めた。
「俺はいいよ、操船するんだからな」
 飲酒運転は違法だった。ファンスはチーズだけ食べ、海を眺めた。シャルが寄ってきた。
「怪物はいましたか?」
 シャルはそういって地面の上に腰を下ろした。
「いないね、怪物なんているはずがない」
 シャルは笑った。そして木々を眺めながらいった。
「だけどこの島、いかにも秘境って感じで、何かいてもおかしくないですよ」
「ああ、実際――鹿かなんかはいた気がする」
 しばらくして、ファンスは立ち上がり、
「そろそろ海に戻らないとな。俺は先にエンジンをかけてくる」といって船へと歩いて行き、ふと振り返って、こういった。
「怪物がきたら、船員達をたのむぞ」
 シャルは少し笑っていった。
「心配しないでください、ファンス」

 ファンスは桟橋から船へ上がり、操船室に入った。
 操船室でファンスは船の異常に気づいた。船のエンジンがかからないのだ。
エンジンが壊れたのか?
 ファンスは操船室を出て、船の後部にあるエンジンルームへ走った。エンジンルームの上げ板を開くと、大量の煙が溢れてきた。エンジンが壊れたようだ。エンジンはまるで動物に荒らされたようだった。
 ファンスは近くに、七面鳥ほどの大きさの鳥がいる事に気づいた。鳥は立ち上がると、頭はファンスの腰ぐらいの高さだった。鳥はひょこひょことファンスの前に歩いてきた。黄色っぽい白の羽毛に覆われ、翼は赤と黄の鮮やかな色をしていた。奇妙だがトカゲのような細長い尻尾が1m程あった。そして後ろ足の内側に一本ずつ湾曲した鉤爪があった。
 よく見ると、翼の先に三本の指がある。むしろ、腕に羽が生えているといった方がいい。くちばしのような細長い口があり、先に鼻孔がある。頭の長さは25cm程。目と鼻孔は同じ高さにあり、頭のてっぺんから鼻先までなめらかに続く。細長い口を開くと、口は目の下まで裂け、鋭い歯がたくさん並んでいた。
「“怪物”か?」ファンスはつぶやいた。「ははっ、なんだ、ずいぶん小さいじゃないか」
 怪物にファンスは右手を伸ばした。「可愛いぞ。ほら、こっちにおいで」
 怪物は手に鼻先を向けると、咬みついた。
「うあっ!」
 ファンスは慌てて手を振り、怪物を蹴飛ばした。怪物は手を離し、怒って鳴いた。
「凶暴な奴め」
 ファンスの手から血が甲板に落ちた。
「くそ、いてぇな。"怪物"め」
 ファンスは手の治療をしようか、怪物を捕まえるか迷った。
「しかし、ここで見逃すのは惜しい。捕まえてやろう」
 ファンスは怪物に近づいた、その時、怪物はジャンプし、翼の先の鉤爪でファンスの顔を引っ掻いた。
「ああっ!」
 ファンスは顔を押さえた。顔を押さえた手にべっとりと血が付いた。
 この動物、思ったより危険だ。そう思った時、
「あっ!」
 足に痛みがはしった。怪物が足に噛みついている。ファンスは足の痛みに慌てて怪物を蹴った。怪物は叫んで離れた。
「凶暴な奴だ!」
 船室の方へ逃げようとした時、船室のドアが乱暴に開いて、もう一匹同じ姿の怪物が出てきた。その怪物は牙を剥いて、シャーッと鳴き、後からも同じ鳴き声が聞こえた。前後から二匹が飛びかかってきた。顔が咬まれた。背中に鉤爪が刺さった。身体のあちこちに痛みが襲ってきた。
 シャルはファンスの悲鳴を聞いた気がした。
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